バイト三昧の一週間
まず18日は什器のセッティング。1時間30分で終わる短めのお仕事です。翌19日はイチゴ農園で、葉っぱの間引き作業。これは2時間。そして、真打は20日から22日までの3日間。築100年を優に超える古い家の不用品整理。なんと1日4.5時間程度でしたが、これがもう、とんでもなかった。
莫大な不用品との戦い
着いてみて驚きました。不用品の量が、もう……何というか、「この量、本当に?」という状態です。二階建ての家全体が、年月に積み重ねられた「モノたち」でいっぱい。タンスあり、段ボール箱あり、折りたたみ机あり。しかも昔の家具はしっかりしていて、とてつもなく重い・・・。力仕事です。完全に力仕事。腰も来るし、汗もかきます。
「この仕事は大変だ」と思いました。でも、ここからが興味深いのです。予想と違ったのです。
やりがいと「仕事の本質」
しんどかったのですが、全く苦にならなかったのです。もちろん筋肉痛、腰の痛みを感じてはいましたが、終わる頃には「また明日来たいな」と思っていました。一緒に働いた社員の方々の雰囲気が良かったのもあります。本当に素晴らしい方々でした。しかし、それ以上に何かがあります。
そこで気付いたのです。
「誰かの役に立つ」+「対価をもらう」
この組み合わせの感覚が、自分の心の中で、ポンと灯がついた感じ。
サラリーマン時代は給料をもらっていました。しかし、自分が何かの役に立っているという実感が薄かったのです。製造ラインの中にいて、あまりの忙しさで日々の業務に追われ、「これは社会の役に立っているのだろうか」と漠然と思ったままでした。
しかし、タイミーで一日汗をかいて、その家の人や一緒に働いた社員の方々から「ありがとう」と言われて、その日のうちに対価をもらう。このサイクルが、こんなにシンプルで、こんなに満足度が高いとは。
行政書士という仕事との重なり
これは、実は、行政書士の仕事と一緒だと思うのです。
お客さんが何か困っていて、そこに対して直接的に「解決策を提供する」。面倒な書類申請業務を全力でサポートする。そして、報酬をいただく。
タイミーの不用品整理も、築100年以上の家の方の人生の整理を手伝っているわけです。その家の人は「これだけの量、自分では無理」と困っていて、実際に喜んでくれていました。
シンプルな循環
何が言いたいかというと、仕事とは、本当にシンプルなのだということです。
困っている人がいて、自分がそこを解決する、対価をもらう。これだけです。
不用品整理であろうが、行政書士業であろうが、本質は同じです。力仕事か頭仕事かの違いはあれど、「誰かの役に立っている」ということをリアルに感じられます。それが、こんなに気持ちよいものなのです。
サラリーマン時代は感じなかった、この感覚。この一週間で感じました。
タイミーで隙間バイトをするつもりが、人生について考えさせられました。

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